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横浜地方裁判所 平成9年(ワ)4384号 判決 1999年5月31日

原告

株式会社スズキ自販神奈川

右代表者代表取締役

松本洋四郎

右訴訟代理人弁護士

川島清嘉

川島志保

被告

甲野一郎

外三名

右被告四名訴訟代理人弁護士

三竹厚行

主文

一  被告甲野一郎は、原告に対し、金二六四四万二一七七円及びこれに対する平成九年九月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告甲野一郎と被告甲野春子との間で平成九年八月二二日なされた別紙物件目録一及び二記載の各不動産の持分二分の一を贈与する旨の契約を取り消す。

三  被告甲野春子は、前項の取り消しを原因として、別紙物件目録一及び二記載の各不動産について、横浜地方法務局厚木支局平成九年八月二五日受付第二四一一三号所有権一部移転登記の抹消登記手続をせよ。

四  原告の被告乙山次郎及び被告甲野夏男に対する請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の二と被告甲野一郎及び被告甲野春子に生じた費用を被告甲野一郎及び被告甲野春子の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告乙山次郎及び被告甲野夏男生じた費用を原告の負担とする。

六  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告甲野一郎、被告乙山次郎及び被告甲野夏男は、原告に対し、各自、金二六四四万二一七七円及びこれに対する平成九年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  主文第二及び第三項と同旨

第二  事案の概要

一  請求原因

1  原告は神奈川県内に一三か所の営業店を有し、スズキ株式会社(以下「スズキ」という。)の製造する自動車を販売する会社であり、被告甲野一郎(以下「被告一郎」という。)は原告の元従業員である。

(以上、当事者間に争いがない。)

2  被告一郎は、後記の不正取引当時、原告の川崎、鶴見及び霧ケ丘の各営業所の営業を統括する横浜第二営業部付部長(霧ケ丘営業所駐在)の地位にあった。

3  原告が車両を正規に顧客に販売する場合、注文書や自動車売買契約書(注文書や自動車売買契約書をまとめて以下「注文書等」という。)の作成、納車、販売代金の回収は、全て営業所所属のセールスマンが行う。セールスマンは、顧客と直接面談して売買契約を締結し、顧客に対する納車や販売代金の回収もセールスマン自身の責任で行う。

(以上、当事者間に争いがない。)

4  ところが、被告一郎は、平成八年一月ころから平成九年七月ころまでの間、原告の営業所に所属するセールスマン等に指示して、虚偽の買主を記載した注文書等を作成させ(セールスマンは、買主と面識がないため、被告一郎の指示により同被告から交付された車両登録用住民票や三文判等を利用して注文書等を作成し、また懇意にしている自動車販売業者に依頼して販売店欄または買主欄に社判を押してもらうなどして注文書等の形式を整えていた。)、正規の顧客から原告に新車購入の発注があったかのように装って原告から登録済みの一〇七台の車両を入手し(右車両は被告一郎自身や同被告が指定した後記の中古車販売業者に引き渡された。)、これを須藤サイクル店こと須藤薫(以下「須藤サイクル」という。)や株式会社トータス(以下「トータス」という。)等の中古車販売業者に売却する不正取引をした(この不正取引を以下「本件架空取引」という。)。

5  本件架空取引により、原告は、合計二六四四万二一七七円の損害を被った。すなわち、被告一郎が本件架空取引により売却した車両のうち八四台分については被告一郎により販売代金の穴埋めがなされたが(被告一郎は、トータス等に売却して得た金員を順次、注文書等に記載された買主にかかる車両の販売代金に充当〔具体的には、被告一郎がセールスマンに販売代金相当額を直接交付〕した。)、被告一郎は、中古車販売業者に車両を中古車価格で販売していたため、売却して得られる金員は、注文書等に記載された正規の販売代金(原告に入金すべき金員)よりも低額となり、穴埋め資金調達のため、更に本件架空取引を繰り返し、次第に穴埋め資金の調達に窮し、原告に対する車両販売代金の入金を遅延するようになり、特に、被告一郎が駐在していた霧ケ丘営業所における代金回収の遅れが顕著になって、平成九年八月ころ、被告一郎の本件架空取引が原告に発覚するに至り、右発覚により別紙「未入金明細」記載の車両二三台(スズキ製のワゴンR、以下「本件車両」という。)については穴埋めができず、原告は、本件車両の販売価格相当の合計二六四四万二一七七円の損害を被った。

なお、別紙「未入金明細」記載の登録名義人や販売店は、現実の買主ではないため、原告は、これらの者に車両代金の請求をすることはできない。

(被告一郎が車両販売代金を順次原告に納金していたこと、被告一郎が関与した車両売買において、売却代金額が注文書記載の金額よりも低額であったこと、平成九年八月ころ、被告一郎の変則的車両販売が社内で問題にされるに至ったこと、別紙「未入金明細」記載の登録名義人や販売店に対して原告が車両代金の請求をすることができないこと、以上は当事者間に争いがない。)

6  被告乙山次郎(以下「被告乙山」という。)及び被告甲野夏男(以下「被告夏男」という。)は、平成七年四月一日、原告に対し、被告一郎が原告に損害を与えた場合には被告一郎と連帯して損害金を支払う旨の身元保証契約をした(この契約を以下「本件身元保証契約」という。)。

(以上、当事者間に争いがない。)

7  被告一郎は、平成九年八月二二日、その妻である被告甲野春子(以下「被告春子」という。)に対し、被告一郎及び被告春子が自宅として使用していた別紙物件目録一及び二記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)の持分各二分の一を贈与し(この契約を以下「本件贈与」という。)、同月二五日、所有権一部移転登記手続(以下「本件移転登記」という。)をした。

(以上、当事者間に争いがない。)

8  被告一郎は、本件贈与当時も現在も、本件不動産以外に他に目ぼしい財産はなく、原告等の債権者を害することを知りながら、敢えて本件贈与をなしたものである。

9  よって、原告は、被告一郎、被告乙山及び被告夏男に対し、民法七〇九条もしくは本件身元保証契約に基づいて、各自、二六四四万二一七七円及びこれに対する不法行為後の平成九年九月一日から支払済みまで年五分の割合による損害金の支払を、並びに被告春子に対し、本件贈与契約の取り消しと本件移転登記の抹消登記手続を、各求める。

二  主たる争点

1  被告一郎の本件架空取引関与の有無(同被告の各営業所統括権限の有無と本件架空取引実行における被告一郎の役割等)

2  原告の損害額

3  原告の損害賠償請求に過失相殺の適用があるか、原告の請求は権利濫用か(この被告らの主張は時機に遅れた主張か否か)

4  本件贈与は詐害行為か、被告春子は善意か

5  本件身元保証契約終了の有無

三  主たる争点に関する当事者の主張

1  被告一郎の本件架空取引関与の有無(同被告の各営業所統括権限の有無と本件架空取引実行における被告一郎の役割等)

(原告の主張)

(一) 本件車両二三台の本件架空取引すべてについて、被告一郎がセールスマンに働きかけて行われており、セールスマンが被告一郎に働きかけて行われたものはない。なお、被告一郎は、本件架空取引のうち、別紙「未入金明細」記載の番号2ないし4、9、10、12、17、23の合計八件について関与を否定しているかのようであるが(他の一五件については関与を認めている。)、被告一郎自ら関与していることは明らかである。

また、本件車両二三台中五台は、被告一郎が販売実績を上げる必要のない担当地域外の営業所(厚木、相模原、藤沢)であるから、右車両については販売実績増加のためにしたことではない。

(二) 本件架空取引についてセールスマンの役割は、左記の①を手伝ったに過ぎず、②から⑦は被告一郎自身が主導的、主体的に関与したものである。

① 仮装注文書等の作成

② 住民票の取得

③ 車両の受領

④ 車両の搬入

⑤ 車両の売却

⑥ 代金の受領

⑦ 代金の納付

(被告らの主張)

(一) 被告一郎は、平成二年八月、原告に入社したが、平成七年七月末をもって定年退職し、同年八月一日から原告と嘱託契約を締結し、平成九年九月三日付けで原告を退職した。したがって、被告一郎は、原告が本件架空取引と主張する平成八年一月ころから平成九年八月ころは原告の嘱託であり、「営業部付部長」との肩書は対外的な名目に過ぎず、鶴見、川崎及び霧ケ丘各営業所の実質的な統括権限や決済権限(正規の部長権限)を持っておらず、各営業所の社員やセールスマンに「指示」をなし得る地位にはなかった。この統括権限を持っていたのは、矢後尋治専務取締役(以下「矢後専務」という。)であった。原告も、被告一郎を会議や宴会等において正規の部長として扱っていなかった。

(二) 被告一郎の原告在籍当時、原告の営業方針として販売台数の大幅増加による営業成績の向上が強く打ち出されていた。

原告の主張する本件車両二三台の売買の態様は別紙「取引経緯一覧表」記載のとおりであり、営業成績の大幅向上のため、架空の顧客名を使用して注文書等を作成したうえ、注文書等記載の車両を実情を知っているトータス、露木ビジョン、須藤サイクルに注文書等よりも安く販売し、注文書等に添付する住民票は、右訴外会社等が持参し、注文書等に必要な販売会社の社判は、セールスマンがそれぞれ懇意の販売店に捺印してもらったものであり、この架空の自動車売買契約に関与したのは、被告一郎一人ではなく、また、被告一郎が主導的に行ったものではなく、他の各営業所のセールスマンや中古車販売業者が主体的に関与したものであって、被告一郎のみがその責任を負わねばならないものではない。

なお、本件車両の実際の売却先は須藤サイクルであり、別紙「未入金明細」記載の「売上先」としてトータスと表示された車両は須藤サイクルがトータスに転売したものであり、他の「売上先」に記載のない車両は須藤サイクルがどこに転売したのか被告一郎には不明である。

2  原告の損害額

(原告の主張)

(一) 本件車両は全てスズキのヒット商品であるワゴンRであり、安売りの必要のない商品であり、被告一郎が本件架空取引に関与することがなければ、通常の売買価格で販売することが可能であり、当該価格に相当する収入が得られたはずである。また、原告が損害として請求する別紙「未入金明細」記載の「金額」は、本件売買契約書左側上部「購入条件」最下段「合計」に記載された車両の販売価格であって、スズキの希望販売価格ではなく、相当値引きした後の金額であり、これを原告の損害とすべきである。

(二) 本件車両の売買契約書、注文書(以下「本件売買契約書」という。)記載の売買価格と原告の正規取引における平均売買契約の実績との間には、大幅な乖離はなく、被告一郎が本件売買契約書に記載した売買価格は、原告が当該車両を正規に販売する場合の車両価格に相当し、実際に販売できない高額の金額を記載したものではないから、被告一郎が、本件車両が通常の取引額を超えて値引きしなければ販売不可能な商品であることなど本件車両の売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)記載の販売価格では売却できないことなど特段の事情を主張立証しない限り、本件売買契約書に記載された売買代金額をもって、原告の損害とするのが相当である。

なお、別紙「架空取引売買価格(契約書記載の金額)・正規販売実績価格対照表」は、本件売買契約書に記載された売買価格と原告の本件架空取引と同時期における正規取引の売買価格(平均値)とを比較対照したものである。

(三) 被告一郎は、別紙「弁済誓約書」(甲二、以下「本件弁済誓約書」という。)の中で別紙「未入金明細」記載の「金額」が損害であることを認めている。

(四) 原告には、車両代金決定の準則があり、被告一郎やセールスマンが車両売買代金を勝手に決めることはできない。

(五) なお、被告らが主張する本件架空取引における仕入価格(仕切価格)は平成五年当時の数値であり、被告一郎が本件架空取引を行った平成八年一月ないし平成九年七月ころの仕切価格ではなく、これを前提に損害を計算できない。更に、被告らが主張する販売価格(被告らがいう実売価格)は、自動車取得税・自動車重量税・自賠責保険料その他の諸費用の一切を含んだ金額である。原告が新車を登録して顧客に販売するには、事前に原告において右自動車取得税等の諸経費を納入する必要があり、注文書等には諸費用明細欄で諸経費を計算し、この金額(一台約一〇万円)を車体本体や付属品の価格に上乗せし、顧客に売買価格として請求している。したがって、別紙「未入金明細」記載の番号1の車両の仕切価格が仮に八九万二〇〇〇円であっても、この車両を総額九二万円で売却すれば、原告は自動車取得税等の諸経費合計七万一〇〇〇円を立替え納付しているから、原告には直ちに四万三〇〇〇円の損害が生じる。被告一郎の行った本件架空取引は、このような異常な価格での車両の横流しであり、被告一郎は、須藤サイクルをダミーとしてトータスに大量の車両を流していたのである。

(被告らの主張)

(一) 被告一郎やセールスマンが実際に販売業者と協議して定めた架空の本件売買契約書記載の金額を基準とするのではなく、各車両の実売買価格とこの実売買代金についての未入金額が幾らかを主張、立証すべきである。

(二) 被告一郎が本件車両の変則的売買に関与した態様は前記のとおりであるが、本件車両は、別紙「車両販売価格表」の「実売買価格」欄記載の金額で本件車両を売買した上、別紙「車両販売価格表」の「実売価格」欄記載の各売買代金は原告に入金済みである。したがって、本件車両代金が未収であるとの事実はない。ちなみに、別紙「車両販売価格表」の「仕切価格」欄記載の金額は、同表記載の車両についての原告の仕入代金額である。

(三) 原告は、原告における低額販売対象車両の平均売買価格をもって低額売買により受けた原告の損害であると主張する。

原告の主張する「値引後車体価格」は、原告がスズキから仕入れた車両購入原価(仕入価格)に原告の販売のための間接費(人件費、もっとも、車両販売についての間接費は、一社あたりの販売に要する間接費金額を計算し得ないから、得べかりし利益に含ませる外ない。)と原告の利益(利潤)が組み込まれた額であり、低額車両販売で原告に損害が生じたとする場合は、①仕入価額より低額で販売がなされたために原価割れの損害を受ける場合(積極損害)と、②仕入価格を上回る価格で売買がなされたが、原告の受けるべき間接費や得べかりし利益を失うという損害(消極損害)に分けられる。被告一郎の本件車両売買は原告の仕入れ価額と実費用額以上の販売価格の設定でなされた売買であり、原告に積極損害が生じてはいない。また、平成九年四月一日から同月三〇日までの原告のワゴンRの正規価格での実販売台数は一七七台であり、この数値は原告が全社的にセールスしてようやくこの数字に達したものであり、これ以上に販売数を上げることができなかったのが実態であり、本件の架空売買も正規の売買だけでは売上の達成が困難であるとの実態を表しているものであり、原告において、商品を売ればいつでも利益を上げられるというものではなく、常に原告に得べかりし利益の喪失が生じたとはいえない。

したがって、本件架空取引で原告に損害が生じたとしても、その損害は、間接費等が得られなかったことによる無形の損害であり、これが損害賠償の対象となる。被告一郎が原告に与えた実際の損害額は、同被告自身が実際に行った架空の取引において当事者同士で決済された金額が原告に入金されていない部分と入金代金が原告計上の商品原価を下回った部分のみである。

3  原告の損害賠償請求に過失相殺の適用があるか、原告の請求は権利濫用か(この被告らの主張は時機に遅れた主張か否か)

(被告ら)

本件架空取引は一人被告一郎のみが行ったものではなく、他のセールスマンと一体となって実行したものであり、他のセールスマンが被告一郎から注文主が架空の売買の実行の話を受けたとき、これを拒絶もしくは上司にこの旨を報告していれば、右取引はこれ以上進展しなかった。ところが、セールスマンはこれをせず、原告の損害を拡大した。それにもかかわらず、原告は、他のセールスマンに何らの補填も請求していない。被告一郎以外のサラリーマンは被害者側に含まれるから、右の被害者側の過失を原告の受けた損害額の算定に当たり勘酌すべきである。また、被告一郎は、共同不法行為者である他のサラリーマンに対し、まず損害賠償を実行してからしか請求できないというのは不当である。更に、原告は、本来であれば本件架空取引においてはこれに対応する会計処理をしてしかるべき損害金額を請求すべきであるのに、変則的売買された一〇〇台余りの内七八台程を架空の売買契約書記載のとおりの正規な販売許容金額で処理されたとして入金処理し、残金を他のセールスマンに請求することなく、被告一郎らに対してのみ請求している。また、更に、一〇〇〇台余りの本件架空取引が原告に発覚しなかった点について、原告の管理・監督体制の杜撰さが指摘できる。

したがって、本訴損害賠償請求はその相当部分が権利濫用とされるべきであり、また、原告の過失相殺(請求から控除されるべき部分)は請求金額の七割が相当である。

(原告)

右被告らの主張は、弁論準備手続締結後にされたものであり、時機に遅れた攻撃防御方法として却下を求める。

4  本件贈与は詐害行為か、また被告春子は善意か

(原告の主張)

本件不動産の平成九年八月当時の時価は約二六〇〇万円程度であり、被告一郎には本件不動産以外に資産がなく、被告春子は、同日九日に本件架空取引についての説明を受け、同月一九日、被告一郎が本件弁済誓約書を作成した際、同行し、右書面に被告一郎が署名する場にも同席した。また、被告春子が本件移転登記手続を司法書士に依頼したのは同月二二日であり、司法書士への依頼を被告一郎と被告春子が相談したのがその数日前である。

したがって、本件贈与により被告一郎が債務超過に至り、被告一郎及び被告春子の双方が右について悪意であることが明らかであり、原告の犠牲において、被告春子に対する本件贈与を保護する理由はない。

(被告らの主張)

(一) 被告春子は、昭和三八年、被告一郎と結婚し、以来主婦として家事、育児をしながら家庭の維持や本件不動産のローンの支払等に貢献してきたから、被告春子には、本件不動産について寄与分があり、本件不動産は実質的には被告春子と被告一郎の共有財産であり、以前から被告一郎が、被告春子に対し、本件不動産の各持分二分の一を贈与することが話し合われ、合意されていた。そして、平成九年八月、婚姻後二〇年以上を経過した夫婦間の贈与には税金面でも特別の控除があるため、本件移転登記をしたものであり、詐害行為といわれる筋合いはない。

他方、原告は、長年の雇用関係から本件不動産は被告一郎と被告春子の実質的共有財産であり、被告一郎の本件不動産について被告春子の権利が各二分の一あることを知っていたか、あるいは知り得べきであった。

(二) 被告春子は、本件贈与を受けるにあたり、被保全債権が存在することや本件贈与が原告を害する行為であることを知らなかった。

5  本件身元保証契約終了の有無

(被告らの主張)

被告乙山及び被告夏男は、被告一郎の親族であり、平成七年四月一日に身元保証書(住所、氏名、年齢及び本人との続柄欄以外は「保証期間五年」の文言を含めすべて固定文字で既に印字されていた。)を提出したが、被告一郎は、同年七月末日、原告を定年退職し、同年八月一日以降、原告と嘱託契約を締結したが、嘱託契約は、それ以前の雇用契約とは全く別の雇用契約であり、給与水準の大幅な減額、権限の縮小を伴う重大な身分変更に外ならない。被告乙山及び被告夏男は、被告一郎が定年間近であることは承知していたが、保証期間が定年までの期間ではなく、五年であることの合理的な理由を原告から一切説明を受けていないから、本件身元保証契約は被告一郎が原告の正社員である期間におけるものと思っていた。被告乙山及び被告夏男は、被告一郎の定年退職後、原告から身元保証書の提出を求められず、嘱託契約では身元保証をしていないから、本件身元保証契約は、被告一郎が定年退職した時点で終了している。

仮に、本件身元保証契約が被告一郎の定年退職後の嘱託にもその効力が及ぶとしても、原告は、「身元保証に関する法律」三条に基づく「身分変更等の身元保証人への通知義務」を怠り、身元保証人らに唯一再考できる機会を奪い、同法四条の身元保証人の解除権を行使できなくさせたことは、違法、不当であり、身元保証人らが責めを免れる機会を失わせた上でなされている本訴請求は認められない。

(原告の主張)

(一) 平成七年四月一日の本件身元保証契約締結当時、被告一郎が同年七月末で定年に達することが当然に予想されていた。身元保証期間を締結日から五年としたのは、定年後の嘱託期間を含む趣旨である。

(二) 原告の就業規則の一部を構成する「高齢者継続雇用規則」(甲二三)は満六〇歳で定年退職する予定の正規従業員が引き続き原告に雇用される場合の形態を「継続雇用」と表現しており、この表現からも、定年退職の本質は、原告における身分(正規社員から嘱託社員へ)と給与の変更であって、会社との雇用契約が定年退職により終了することはない。

(三) 正規社員と嘱託社員とで、実際の仕事の内容や権限に相違はなく、単なる身分及び給与の変更が身元保証契約の効力に消長をきたすことについて、合理的理由がない。

(四) 被告一郎自身も、本件弁済誓約書の中で身元保証人が責任を負うことを認めている。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  争点1(被告一郎の本件架空取引関与の有無〔同被告の各営業所統括権限の有無と本件架空取引実行における被告一郎の役割等〕)について

1  争いのない事実に証拠(甲一、三の1ないし23、四ないし六、八、九、一〇の1ないし8、二三ないし二七、二八の1、2、三一、乙一、二の1、2、三、四、八、九、一四、二一、二三、証人増田勉、被告一郎本人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告一郎(昭和一〇年七月二〇日生)は、昭和四四年ころ、神奈川スズキ販売株式会社(現在の株式会社スズキ二輪)に入社し、二輪販売の営業業務を担当し、昭和五三年ころには営業担当の取締役となったが、平成元年五月、右会社を退職し、同月、株式会社スズキ自販南東京に入社し、四輪販売の営業業務(営業部長、営業所長)に従事したが、平成二年八月ころ、右会社を退職して原告に入社し、四輪販売の営業業務に従事し、平成七年当時は湘南第二営業部長として厚木、相模原、橋本の各営業所を統括していたこと、同年七月三一日、原告を定年退職したこと、被告一郎は、同年八月一日、一年契約の原告嘱託社員となる契約を締結し、以後、原告の川崎、鶴見及び霧ケ丘の各営業所の営業を統括する横浜第二営業部付部長(霧ケ丘営業所駐在)の地位にあったこと(なお、「横浜第二営業部長」職は矢後専務が兼務していたが、実務は被告一郎が統括していた。)、右嘱託契約は、平成八年八月一日付けで一年間更新され、平成九年八月一日、黙示的に更に更新されたが、同年八月末に退職届を提出し、同年九月四日ころ、右退職届を原告が受理して被告一郎は退職したこと、ところで、原告が車両を正規に顧客に販売する場合、注文書等の作成、納車、販売代金の回収は、全て営業所所属のセールスマンが行い、またセールスマンは、顧客と直接面談して売買契約を締結し、顧客に対する納車や販売代金の回収もセールスマン自身の責任で行うこと、しかし、被告一郎は、販売実績を増加させるために、また後には、その後始末のために(後記二の1参照)、右のとおり横浜第二営業部付部長(霧ケ丘営業所駐在)の地位にあった平成八年一月ころから平成九年七月ころまでの間、原告の営業所(多くは被告一郎の統括する川崎、鶴見及び霧ケ丘の各営業所)に所属する被告一郎の現部下もしくは元部下である営業所長やセールスマン(以下「セールスマン等」という。)に車両の機種や色などを指示するとともに車両登録用の住民票(これは被告一郎自身が取得したものもあったが、多くは須藤サイクル等の中古車販売業者が用意したものであった。)を交付して、虚偽の買主(自動車販売業者もしくは個人)及び車両登録名義人(個人)を記載した注文書等を作成させたこと、すなわちセールスマン等は、買主(自動車販売業者が買主の場合は車両登録名義人)と面識がないため、被告一郎の指示により同被告から交付された右の住民票を利用して注文書等を作成し、また懇意にしている自動車販売業者に依頼して販売店欄または買主欄に社判を押してもらい、また右買主もしくは車両登録名義人個人と同じ三文判を借り受けてこれを注文書等に押捺するなどして注文書等の形式を整えていたこと、被告一郎は、右のような方法で正規の顧客から原告に新車購入の発注があったかのように装い、正規の注文があったものと誤信した原告から登録済みの一〇七台の車両(新車)を入手し、右車両を被告一郎自身や同被告が指定した須藤サイクルやトータス等の中古車販売業者に売却する本件架空取引をした(車両の横流し)ことで、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる的確な証拠はない。

2  右認定事実によれば、被告一郎が本件架空取引を主導的に行ったことが認められ、被告一郎は本件架空取引を実行した不法行為責任を負わねばならないことは明らかというべきである(被告一郎の行為は、刑事の業務上横領または背任もしくは詐欺に該当する。)。

二  争点2(原告の損害額)について

1  証拠(甲一、二、三の1ないし23、四、九、一〇の1ないし8、三〇の1、2、乙五、八、一〇ないし一三、一五ないし二〇、証人増田勉、被告一郎本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告一郎が本件架空取引により売却した車両のうち八四台分については、被告一郎がトータス等に売却して得た金員を順次、注文書等に記載された買主にかかる車両の販売代金に充当したこと、しかし、被告一郎は、中古車販売業者に右車両を中古車価格で販売していたため、売却して得られる金員が注文書等に記載された正規の販売代金(原告に入金すべき金員)よりも低額となり、穴埋め資金調達のために更に本件架空取引を繰り返すことになり、次第に原告に対する車両販売代金の入金を遅延するようになり、特に、被告一郎が駐在していた霧ケ丘営業所における代金回収の遅れが顕著になって、結局、平成九年八月ころ、被告一郎の本件架空取引が原告に発覚するに至ったこと、本件架空取引の対象車両一〇七台のほとんどはスズキのヒット商品であるワゴンRであり、本件車両二三台は全てワゴンRであること、原告が損害として請求する別紙「未入金明細」記載の「金額」は、本件売買契約書の「購入条件」最下段「合計」欄に記載された車両の販売価格であって、スズキの希望販売価格ではなく、相当額の値引きをした後の金額であること、本件売買契約書に記載された右売買価格と原告の正規取引における平均売買価格の実績との間には、大幅な乖離はなく、原告が当該車両を正規に販売する場合の車両価格に相当すること(本件車両以外の本件架空取引の対象車両八四台の販売価格も右と同様であること)、換言すると、被告一郎に指示されてセールスマン等は原告の正規取引における売買価格とほぼ同額の販売価格を本件売買契約書に記載したこと、なお、別紙「架空取引売買価格(契約書記載の金額)・正規販売実績価格対照表」は、本件売買契約書に記載された売買価格と原告の本件架空取引と同時期における正規取引の売買価格(平均値)とを比較対照したものであること)、別紙「未入金明細」記載の登録名義人や販売店は、現実の買主ではないから、原告は、これらの者に本件車両代金の請求をすることはできないこと、なお、被告一郎は、平成九年八月一九日、本件弁済誓約書を自ら記載し、本件架空取引により原告に支払うべき金額を本訴の原告請求額とほぼ同額の「二五二二万六九一二円」であることを認め、これをすみやかに支払うことを誓約したこと、以上が認められ、これを覆すに足りる的確な証拠はない。

2  被告らが前記第二、三、2で主張するところは、右認定事実に照らして、合理的ということはできず、採用できないといわざるを得ない。

3  右認定事実及び説示したところによれば、ワゴンRは安売りが特に必要のない商品であり、被告一郎が本件架空取引に関与することがなければ、本件車両は通常の売買価格、すなわち本件売買契約書に記載された各販売価格で販売することが充分可能であり、原告は、当該価格に相当する収入が得られたはずであるから、本件売買契約書に記載された売買代金額の合計二七一七万七一六二円から被告一郎がセールスマン等を通じて原告に支払った合計七三万四九八五円を差し引いた二六四四万二一七七円を原告の損害と認定するのが相当である。

本件全証拠を精査しても、これを左右するに充分な事情はなんら窺うことができない。

三  争点3(原告の損害賠償請求に過失相殺の適用があるか、原告の請求は権利濫用か〔この被告らの主張は時機に遅れた主張か否か〕)について

1  原告は、前記第二、三、3のとおり主張して被告らの主張の却下を求めるが、右被告らの主張が弁論準備手続締結後にされたものであることは、本件記録に照らして明らかであるが、このことから直ちに右主張が「時機に遅れた」主張となるとはいえないから(民事訴訟法一七四条、一六七条、一五七条参照)、原告の主張は理由がない。

2  前記一の1で認定した事実から明らかなとおり、被告一郎は、自ら主導してセールスマン等に指示して正規の注文書等と全く同様な注文書等を作成し、営業のベテランである被告一郎を信頼していた原告を騙して本件車両等合計一〇七台を取得してこれを中古車販売業者に横流しをしたものであって、被告一郎の不正行為の発見に手間取った原告に過失があるとか、本訴請求が権利濫用になるなど到底主張することはできないし、本件架空取引にセールスマン等の協力が不可欠であり、その協力したセールスマン等の責任は決して否定できないが、そのために被告一郎の責任が減殺される謂われは全くなく、結局、被告らのこの点での主張は失当で全く理由がない。

四  争点4(本件贈与は詐害行為か、被告春子は善意か)について

1  被告一郎が、平成九年八月二二日、その妻である被告春子に対し、被告一郎及び被告春子が自宅として使用していた本件不動産の持分各二分の一を贈与する旨の本件贈与をしたとして、同月二五日、本件移転登記をしたことは当事者間に争いがない。

2  証拠(甲九、一六、一七、被告一郎及び被告春子各本人)並びに弁論の全趣旨によれば、被告一郎は、本件贈与当時も現在も、本件不動産以外に他に目ぼしい財産はなく、同被告は原告等の債権者を害することを知りながら、敢えて本件贈与をなしたものであることが認められる。

3  被告春子が、本件贈与当時、原告らの債権者を害することを知らなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

かえって、証拠(甲二、九、一六、一七、乙二四、被告一郎及び被告春子各本人)並びに弁論の全趣旨によれば、被告春子は、平成九年八月九日、原告から本件架空取引についての説明を受け、向月一九日、被告一郎が本件弁済誓約書を作成した際にも同被告に同行して右書面に被告一郎が署名する場にも同席したこと、被告春子が本件移転登記を司法書士に依頼したのは同月二二日であること、以上の事実が認められ、この事実によれば、被告春子が、本件贈与当時に原告らの債権者を害することを知らなかったとは到底認定することが困難といわざるを得ない。

4  被告らが、第二、三の4で縷々主張するところは、原告の詐害行為取消及び本件移転登記抹消登記手続請求を妨げる理由とならない。

五  争点5(本件身元保証契約終了の有無)について

1  被告乙山(昭和五年四月二〇日生、甲一一の2)及び被告夏男(明治三七年一〇月四日生、甲一一の3)は、平成七年四月一日、原告に対し、被告一郎が原告に損害を与えた場合には被告一郎と連帯して損害金を支払う旨の本件身元保証契約をしたことは、当事者間に争いがない。

2  前記一の認定事実に証拠(甲二三、乙二の1、2、被告乙山本人)並びに弁論の全趣旨によれば、被告一郎は、同年七月末日、原告を定年退職し、同年八月一日以降、原告と期間一年の嘱託契約を締結したこと、右嘱託契約は、平成八年八月一日付けで一年間更新され、平成九年八月一日、黙示的に更に一年間更新されたが、被告一郎は同年八月末に退職届を提出し、同年九月四日ころ、右退職届を原告が受理して被告一郎は原告を退職したこと、嘱託契約は、それ以前の正社員としての雇用契約とは全く別個の雇用契約であり、定年退職した者が継続雇用を希望し、原告が雇用継続を認めた場合に、給与水準の大幅な減額、役職手当の消滅等重大な身分変更を伴う新たな雇用契約を締結するものであること、被告乙山及び被告夏男は、被告一郎の定年退職後、原告から新たな身元保証書の提出を求められず、被告一郎が定年退職し、嘱託契約に切り替わった旨の通知等も全く受けていないこと、以上の事実が認められ、これを左右するに足りる的確な証拠はない。

3 右認定事実によれば、被告乙山及び被告夏男は被告一郎の極近い親族(被告乙山は被告一郎の姉の夫であり、被告夏男は被告一郎の父である。以上、弁論の全趣旨)であり、本件身元保証契約締結当時、被告一郎が定年間近であることを承知していたとしても、被告乙山及び被告夏男の個別の承諾なしに、本件身元保証契約の効力が、当然に被告一郎の定年退職後の嘱託契約にも及ぶと解することは困難である。

確かに、被告乙山及び被告夏男が署名押印した本件身元保証契約証書(甲一一の1)には、「保証期間五年」の文言が記載されていることが認められるが、右証書には住所、氏名、年齢及び本人との続柄欄以外は「保証期間五年」の文言を含めてすべて固定文字で既に印字されていることを勘酌すると、右「保証期間五年」の文言は、本件身元保証契約締結当時、被告一郎が同年七月末で定年に達することが当然に予想されていて定年後の嘱託期間を含む趣旨で記載されていたのではなく、「身元保証に関する法律」二条一項の身元保証期間の最長期間を記載したに過ぎないものと認められ、本件全証拠によっても、原告と被告乙山及び被告夏男が、原告の右主張の趣旨で本件身元保証契約を締結する旨の意思表示をしたと認めることは困難という外ない。

4  したがって、被告乙山及び被告夏男の本件身元保証契約は、被告一郎の平成七年七月末日の定年退職と共に終了したと認定するのが相当である。

第五  結論

以上の次第であるから、主文のとおり判決する。

(裁判官片野悟好)

別紙物件目録<省略>

別紙未入金明細<省略>

別紙取引の経緯一欄表一・二・三<省略>

別紙別表一<省略>

別紙弁済誓約書<省略>

別紙車輌販売価格表<省略>

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